necrophobia

 

 僕の一番古い記憶の中では、僕は母と思しき女性の腕の中に居る。

 僕が僅かに表情を変えただけで、見下ろす顔はいつも優しく笑みを浮かべていた。

 母の腕は鮮やぐような褐色で、同じく父と思しき男性に手を引かれた姉も、差異ない肌色だった。

 むろん、今の僕もだ。

 しかし姉の手を引くその手だけは、日には焼けていたものの、淡褐色だった。

 間違いない。顔こそはっきりとは覚えていないが、それだけは鮮明に覚えている。

 (後に姉に聞いた所によると、母はネグロイド、父はモンゴロイドだったそうだ。)

 それから一旦記憶は途切れる。

 次の記憶の中の僕は、井然と区切られた部屋の中に居て、小さな車の玩具を手にしている。

 「死んだ父に作って貰った。」

 初対面の人間にでも、得意げにそう言ってひけらかしていた。

 ということは、父は確かに死んだ筈だろうが記憶がない。

 同様に、一番古い記憶の中にしかいない母とも、恐らくは当時すでに離別していたのであろう。

 そこからの記憶は今でも続いている。

 現在も含まれているその思い出は、忘れようとしても忘れられない。

 

 

 怖かったのです。

 このまま零落していくであろう、自分の末路を推し量ると。

 ガタガタ、ガタガタと、北風に軋む家が崩れるかのように、耐え忍ぶことの出来ない程の不安と虚無感が僕を襲うのです。

 最初は何一つ理解出来ていませんでした。

 しかしある時を境に、その言いしれぬ感情は、確実に僕を蝕んでいきます。

 目を開いているだけで涙が零れ落ちそうなのに、僕はその感情を一切路程させず、只走ることに専念していました。

 怖かったのです。

 反吐の出そうな平常。そこから抜け出す勇気すらない自分。

 嫌悪心というよりは、恐怖心でした。

 そこにいることで、それらの感情さえも惰性で消え行きそうで、次第に自分の存在すらも忘れているかのような錯覚に陥るようになりました。

 忘れる。何も考えずにいることは非常に楽でした。

 

 

 あの頃からは想像もつかない。

 そんな環境の中、今僕は暮らしている。

 常に温かい瞳で僕を見つめてくれる保護者、友人。

 部屋は相変わらず整然とした区切りの中にあったが、冷淡さは全く感じられない。

 ここに来てから、僕に対しての発見も数多くあった。

 例えば、自分が花の栽培が好きだなんて初めて知った。

 ガーデニングは今では立派な趣味の一つだ。

 充分に満足している生活だが、時折以前より強い不安にかられる。

 まるで嘘のように幸せだからだ。

 嘘のように、というのは、その幸せが今まで体感したことのない部類のものだからかもしれない。(だから本当に幸せなのか、と聞かれても答えようはないが。)

 いつかこれも儚く消えていくのかもしれない。

 得体のしれない恐怖心はほぼ完全に拭い取ったが、そう考えるだけで峙った崖淵に置き去りにされたような気分になる。

 死ぬこと自体は怖くないが、一種のネクロフォビアだ。

 

 

 そういった話をほんの少し前、今、僕のすぐ隣で寝息を立てている友人に打ち明けようと想ったが、止めておいた。

 いつかの記憶にある父と同じ、淡褐色の肌の彼はきっと生涯、僕のような感情を抱くことはないだろう。

 そして、僕の推量する限りでは、そのような感情を抱く原因となる境地に立たされることもないし、その必要性だってない。

 第一彼にとって、僕の思考形式を語る上での厳重な形容と(彼にとって)非日常的な名詞は、難解で退屈すぎる物に違いない。

 話の根本さえ伝わらないかもしれない。そう考えると今度は逆に、可笑しくて楽しい。

 ふと目を脇にやると、いつかの記憶にある母とほぼ同じ、柔らかな笑みを浮かべた彼がいる。

 表情だけ見ると悩みや心労などまるでなさそうだが、彼だって憤りを訴えたことがあったし、笑いもすれば泣きもする。

 彼と僕が初めて顔を合わせてから今までという短い期間内で、僕が知っている限りでもだ。

 忘れない。

 息を吐くことまでもが辛かった日々。

 愛おしいまでに幸せな毎日から作られていく新たな過去。

 忘れない。絶対に。

 そっと頬と鼻筋をなどってやると、むず痒そうな顔をして彼は目覚めた。

 惰性でも何でもないが、僕は今ここに居る。

 そして、もっともっと強くならなければ、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


土屋研究所に来てちょっと経ったぐらいのJ。 ねつねつ捏造。捏造杉田。

 

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