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例えば、君と趣味が共通していたり、君の趣味が大変素晴らしいものであったり。 そんな時僕は誇りに思う。 君と僕との運命的なそれを。
例えば、僕がピアノを弾けて、大変良かったと思う時。
【ロマンス・実験版】
「ミニ四駆を止めようと思ったこと?」
なんだよ、薮から棒に。 眉をしかめて、少しだけ笑いながらアドルフは聞き返した。 「いや、さ。やっぱり最初はたくさんある趣味のうちの一つにすぎなかったんだろう?」 「趣味だったら余計に『やめる』とか『やめない』とか意識したりは、」 「だからそういうのじゃなくて、」
どうもすれ違いな会話を続けながらも、アドルフはずっとピアノのキーを叩いていて、 なおかつその細くて長い指は全く乱れず、 かといって、アレグロのテンポを1秒の10分の1ほども緩ませることなく完璧な演奏をしているのを、へスラーは心底凄いと思った。
「お前は?」
アドルフにとって、音楽室で過ごす木曜日の昼休みは、わりかし重要で特別だった。
もう9月も終わり頃だが、天気も気温もちょうど良く、時折聞こえる校庭からの笑い声がなんとも柔らかくて心地よい。 そんな本日の5限目は週2回ある音楽の授業の2コマ目。 アドルフは4時限目の授業が終わるとすぐさま購買へ、パンを1つ買いに走る。 それから後は自分の教室へは帰らず、その足で直接音楽室へとむかう。 50人以上をすっぽり収められる大教室に、1台だけ置かれた大きなグランドピアノと、降り注ぐ暖かな陽差しを独占できるのは、彼にとってこのうえない幸せだった。
「ピアノ、いつから始めたんだ?」 「 …。俺の質問、」 「上手いなあと思って。」
独占。 いつもの木曜日ならその言葉通り、自分独りきりで45分を過ごすのだが、今日はへスラーがいた。
(「いつも音が聞こえるから、近くの廊下を通ったついでに、誰かと思って来てみれば。」) 正確に言うと、アドルフがパンを齧り終え、いざ始めんと譜面立てに触れた瞬間、入り口のとを彼が開けたのだったが、いすをアドルフの邪魔にならない、最大限近くまで引き寄せ、そこにいゆったり座る大きな身体は、ずっと前からそこに居たようで、いや、居たがっていたようで、それでいて曲のスタートを待ち構えていたようであった。
「覚えてないけど、2つか、3つの時。」 「覚えてるじゃないか。」 「補足。はっきりとは。」
レース中でも、トランスポーターの中でも、アイゼンヴォルフNO.4のアドルフは、どこか気難しい顔をしている。 第1回WGPが始まり、ヨーロッパ選手権でチーム優勝を飾ると同時に駆け込んできた日本で、毎週末のレースが始まってからは特に、だ。
背負った肩書きに、恥じることのない走りを。
それはへスラーも同じことである。 1軍の先頭、ミハエルから、2軍の一番後ろまで。皆きっと同じ心構えに違いない。 しかしたった今、アドルフ・ホルトが一個人として、気の赴くまま美しい音色を奏で浮かべる、微笑みは、小さく、ほんのわずかであるが、いつもよりずっと心休まった表情の物であって。
「なんでそんなこと聞くんだ?」 「上手いなあと思って。」 「ピアノじゃなくて、」 「ミニ四駆。」 「ああ。」
「いつから始めたんだ?」 「え、だから」 「ミニ四駆。」
曲調は、穏やかである。 「…確か、6歳の時。」 「覚えてるんだな。」 「ああ。」
「俺は、7つの時。」 「ああ、そう?」 「ああ。そうだ。」
他愛のない話は、非常にぼんやりしている。 いつかの朝、遠くの山が霞がかって見えたように、透き通っていて、でもどこかぼんやりしていて。 今日は、とても暖かい。暑いのではなく、暖かなのだ。
へスラーはじっと目を瞑った。 目を瞑っても、アドルフの指は、頭の中で忙しなく動いている。
「走るの、好きなんだ。 ミニ四駆始めて気付いた。」 「ピアノは?」 「好き、だよ。」
『好き』の後に、一拍分間があった。
「どっちが好き?」 少しリズムがずれたなあ、と、ふとへスラーは思った。 「…お前は?」 しかし、 「ん?」 それもまた、よいと思う。 「お前の趣味は?」 よいリズムだ。
「ビリヤード。」 「どっちが、好きとか」 「どっちも、 どっちも好き。」 「な。」 「…そう。」
ここ最近、へスラーはアドルフのにっこりと嬉しそうに笑った顔を見ていなかった。
「2歳の頃から、ずっとやってんだぜ? これなくちゃ、生きてけないさ。」 と、今爛々と趣味について語る彼を見て、へスラー自身が客観的に思った。 「そう見えるよ。」 「どうも。」
好きなこと、か。 「走るのと、ピアノと。」 「はは。ずいぶん違うだろう?」
彼は毎日ここに来て笑っていたのだな? 「いや、そんなことはない。」
じっと目を瞑ると、窓から差し込む日の光が瞼を通じて感じられるだけになる。 ピアノの音だけが残り、アドルフが何処かに消えてゆきそうな気がして、へスラーは少し怖かった。 「どの辺りが?」 「どっちもお前の好きな物だ。」 「…。」
俺も一緒に笑えればいい。 笑いたい。
へスラーの視線を遮るようにして、アドルフは、無言で右親指の付け根を突き出した。 「ミニ四駆。」 「…ん。」 「聞いてたか?」 「ああ。」
1・5cm程の小さな古傷が残っている。 「止めようと思ったこと、あるよ。」
「まだ、始めたばかりの頃、モーターにピニオン填めようとして、ズルッと、」 「ああ。小さい頃、やったことあるよ。えらく派手に傷残したんだなあ。」 「いや、そんなに大それもんじゃないよ。たかだか1cm程度、本当に浅い傷だったし。 ただ、ここ、よく使うから残ってしまった。」 左手は曲の続きがあるし、右の人差し指では少し短く不適当だったので、右中指が代わりに親指の付け根を指し示した。 「それで、痛くって?」 「いいや。 手、見せたら凄く怒られて。」 「誰に?」 「ピアノの先生と、父親とに。 ピアノが弾けなくなるような物なんて、止めてしまえって。」 「好きなことやっちゃいけないって、つらいよな。」 「だな。」 「ピアノも好きだったから。」
先生もパパも好きだったんだよ、と主語のはっきりしない言葉を続けたアドルフに、へスラーはそっと頷いた。
「だからまだやってる。 ついに日本まで来てしまった。」
笑いながらアドルフは喋った。 彼は楽しそうである。 そんな彼を横目で見るのは非常に楽しい。
「…久しぶりだな。」 「え?」
笑ったまま、アドルフが続ける。
「お前が笑ったの、今日久しぶりにたくさん見た。」 「そう、か?」 「ああ。最近何か、考え事してるみたいだった。 ずっと。」
ああ、そうか。
それで。 こんな所まで来てしまったのだなあ。と、ぐるりと見回した音楽室は、50人以上を収めるのに十分なくらいだから、2人では当然広い。
ミュージックテラピーというのだ。と得意げに言った後、アドルフは心底、自分はピアノが弾けてよかった。 というような顔をした。
「何か弾いてやろうか?」 「うーん。」 それがへスラーには分かった。 「好きな曲は?」 「乙女の祈り。とか」 「冗談。」
流れる音階は9月の日差しに柔らかく、空気にエッジを与える。 へスラーは、アドルフがピアノを好きで本当に良かったと思った。 目を瞑っていても、細く長い指が、少しだけ根元に傷をつけて滑らかに動くのが見えるので、 つまりは、そういうことなのだな。 と、アドルフと自分が今ここにいることを、へスラーは少しばかり誇りに思う。
「なあ。俺たちミニ四駆趣味じゃなかったらきっと、出会ってもなかったよな。」
「ああ、きっと。」
「そして、お前がこんなとこでピアノを弾いてないきゃ、」
「…何なんだよ。」
今日は少し、昼休みを長く感じた。
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モーターにピニオン填めようとして勢い余ってズルっと滑って手の皮に穴空けちゃったことのある同志さんいませんか。
スーパー1シャーシのモーター取り外そうとして自分の爪折っちゃったことのある同志さんいませんか。
ワッシャーが指と爪の間に入って悶絶したことのある同志さんいませんか。
※これからミニ4駆をはじめようとしているおともだちへ
ミニ4駆は危険なものではありませんよ。
上記のようなことをやったことのある人は大抵何触っても怪我をします。
ってかローラー付けようとして+ドライバーで人さし指えぐったことだってある(不器用)。
※2004年10月〜2005年9月まで、オフで無料配付していた同タイトルの本の収録作品と同じ物です。